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プロフィール

 

KIRA
初めまして!
”しぜんとくらし - made in home -”
管理人のKIRAです。

 

当サイトにご訪問くださり、ありがとうございます!

ご縁をいただけたこと、嬉しく思います(^^)

 

このサイトは、HP兼ブログのようなものになっています。

 

まずここでは頻繁に登場する登場人物の紹介と、このサイトの運営を始めた、いきさつについてを紹介をさせてください。

 

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1.私 KIRA

 

私、KIRA。

産まれも育ちも、四国の徳島県です。

 

徳島県って、結構な田舎なんですけれど (でしょうね)
その田舎の中でもさらに田舎の、山奥付近で産まれました。

 

幼少期

 

1986年 冬の雪が舞い散る寒い日の午後にこの世に誕生。

 

母乳と粉ミルクを、遠慮のかけらもなくガブ飲みする赤子。

両親の期待に応えてたくさんの栄養を吸収した私は、ご覧の通り、みるみるうちに丸々と育ちます。

いやしかし見れば見るほど、ちょっと太りすぎのような気もしますが。

 

 

若干、標準体型に戻ってきたころには「いけずぅ~」が口癖に。

 

まさしくちびまる子ちゃんを彷彿させるような、オカッパガールに成長しました。

 

大好きだったバヤリースの傍らで得意げに笑っていますが、丸さの面影は隠しきれていませんね。

 

 

 

3つ上の姉は昔から、しっかり者で慎重派。

見事に正反対の私は、自由奔放で隙あらば調子に乗りたい派でした。

 

1年に1回、自分が主役でろうそくを消すことが出来るのは誕生日だけ。

 

火を消すための気合は、目つきで表すタイプだったようです。

いつでも遠慮なく飲めた乳ガブ飲み時代とは違います。瞳の奥から感じるものが。

 

 

そんな正反対の姉妹ですが、

姉妹のようで大親友でもあり、かけがえのないたった一人の存在で。

私の、唯一この世界にたった一人、大事な大事な愛しい姉です。

 

姉は只今、2児男子の子育て真っただ中。

慌ただしい毎日を送っています。

 

スポーツに明け暮れた 小・中学生時代

 

小学校の同級生は、学年で60人くらい。中学校でも、80人。
そんな小さな町でした。

 

小学校では、ミニバスケットボールに。
中学校では、バレーボールに明け暮れます。

 

 

中学のバレー部は、弱小監督の弱小チームでした。

 

自分で言うのもアレですが、尻と太ももだけは立派です。

 

 

郡内1、2を争う本当に弱小チーム。

 

しかし、ある春の日の午後、弱小チームの歴史に残る激震が走りました。

 

弱小チームの監督は、私たち選手のあまりのやる気の無さに監督業お手上げとなり、その代わりに、県内でも有名なパンチパーマで恐ろしい鬼監督がコートに現れたのです。

 

目を疑いました。

 

普段から、練習中の練習はそっちのけで、おしゃべりで大忙しの部員全員が、一点を見つめたまま静まり返りました

 

その日を皮切りに弱小おしゃべりチームは未だかつて経験したことのないような、 県下トップクラスの強豪チームと同レベルの練習を余儀なくされることに。

 

 

部員全員大好物!シュワっと美味しい炭酸飲料♪
→ 絶対禁止。

 

部活が終わった後のお楽しみ!甘いお菓子にポテトチップス♪
→ 絶対禁止。

 

ことあるごとに ”よし!そろそろ休憩するでぇ~\(^o^)/”
→ 休憩、ほぼなし。

 

 

弱小監督のときには、帰宅後、お菓子を食べながらヘラヘラとテレビを見て呑気に暮らしていた私ですが、パンチパーマに代わってからは

帰宅後の記憶は、ほぼありません。
(帰宅→ご飯→寝る→風呂→寝る→朝)

 

厳しい練習の反動が弱小代表チームに表れ始めるのは、時間はそうかかりませんでした。

 

部員みんなで自転車の帰り道、パンチにバレないように、モーレツに急いでヘルメットなんて被ったまま(見つかったらすぐにチャリで逃げれるようにヘルメットは被ったままが鉄則。)

近くの自動販売機でサイダーを買ってその場で飲むという、なんとも危険な匂いのする楽しみを覚えてしまったのです。

 

鬼の目を盗んでは、パンチの悪口を言いながら

「…カァーーっ!!たまらんなーー!!」

と、みんなで飲むサイダーは、最高だったなぁ(´・ω・)

 

 

そこはもちろん、壁に耳あり障子に目あり。

 

ほどなくして現行犯でパンチに見つかり、パンチ砲がぶちこまれました

 

サイダーで調子よく一杯やっていた我々は、あまりの恐怖に逃げるどころか、ヘルメットのまま直立し目をキョロキョロさせるのが精いっぱいで、微動だにせず固まる始末。

 

しかし、そんなことではへこたれないのが、弱小チームの強みです。

 

反省は、一晩もすれば充分でしょう。

 

 

(パンチ砲を共に戦った、同期6人)

 

 

懲りるはずのない我々は、

”自動販売機で見つかるなら仕方ない。鬼もここまでは来れるまい。”

とでも言わんばかりに

 

バレー部の部室にお菓子を持ち寄って練習前や後に、ささやかな闇パーティー!

 

やれこのお菓子は高かった、あのお菓子は珍しい、

今日のパンチはどうだった、パンチのパーマが取れかけや、

 

などと、お菓子やパンチの評価を楽しんでいたのも束の間。

 

それももちろん、壁に耳ありなんとやら。

爆弾は、四方八方どこに仕掛けられているかわかりません。

 

すんごいの、飛んできました。

 

それ以降は毎日部室にパンチパーマが巡回に来るという、壁も障子もへったくれもない毎日が始まり、華やかだった闇パーティーは本当の意味で暗い闇へと変わりました。

 

我々の脇が甘かったのか。

パンチの目が鋭かったのか。

 

たくらむ悪さをことごとくパンチ砲が狙い撃ち。

そんな恐ろしい中学時代でした。

 

ただ、パンチ監督に教えてもらったことはとてもいい経験で、大切なことをたくさん教えてもらったなぁと思っています。

 

大人になって思い返すと、パンチ監督が言っていたことの意味が、理解できたりするものですね。

 

悪さを楽しんだり、パンチ砲をくぐり抜けてきた仲間たちとは今でもとっても仲良しで、家族ぐるみでつながっています。

 

 

 

高校時代

 

高校では、部活も入らずのんびり過ごし、忙しいと言えば、彼とのデートとバイトくらいでした。

 

高校1年生からの彼、T君は他校の同い年。

 

両親公認の仲で順調に見えたかと思った二人でしたが、高校3年生の夏、突然別れを切り出されます。

 

失恋のため食事も喉を通らない私は、干した大根のような状態に。

 

(一応)関連記事】

大根の皮は干すに限る!切り干し大根も自家製で。
以前記事にした、大根の葉っぱの活用法。 我が家では、大根の皮ももちろん美味しくいただきます。 世間では、大根の皮のきんぴらのレシピもとく聞きますね。 今回は、我が家が大根の皮をそのままきんぴらにせず...

 

”彼のことを忘れよう。

この街には思い出が多すぎるわ。”

 

すっかり悲劇のヒロインになりきったセンチメンタル少女は、彼を忘れるために遠く遠くの街

 

ではなく、めっちゃ近いお隣の県に進学することに決めたのです。
(チキンで親元離れすぎムリなタイプー!)

 

 

専門学校~就職へ

 

よし。ここで一念発起しよう!

と選んだ進学先が、今も暮らしている香川県高松市。

 

18歳のときに歯科衛生士の専門学校に入学し、一人暮らしを開始しました。

 

2年間の学生生活はあっという間。

 

楽しそうにキャンパスライフを送る、香川大学のキラキラした学生たちを横目に、女心は完全に故郷へ捨て、一心不乱に通学と家事を繰り返して過ぎていった2年間でした。

 

高松での暮らしの始まりは”失恋”というなんとも不純なキッカケでしたが、結果、私の人生を大きく変える出会いばかりが、この地で待ってくれていました。

 

専門学校で出会った友達や、職場の先輩に後輩。

今の私の人生を形成するのに、なくてはならない出会いです。

 

 

あのとき失恋していなければ、高松では暮らしていなかった。

 

こんな素敵な出会いに巡り合っていないかもしれない。

 

人生すべて、意味のあるものです。

 

 

現在

 

専門学校卒業後、そのまま高松市内の歯科医院に就職。

 

共通の趣味がきっかけで、今の夫 エス氏に出会いました。

2010年~同棲開始
2011年11月に入籍し、のんびりと暮らしています。

 

歯科衛生士を一旦辞めて、職業訓練校で建築やリフォームの勉強をしていた期間もありました。

半年間でしたが、人生の中でとても濃い半年間だったように思います。

 

素晴らしい出会いの上にはさらに素敵な出会いがあるもので、職業訓練校で出会った仲間も、一生の友達です。

 

【関連記事】

職業訓練校”住まいリフォーム科”ってどんな科?私が経験した、最高に濃い半年間の話。
過去の記事でも、何度か登場している”職業訓練校”。 今からちょうど1年前の3月末、私は 香川県立高等技術学校の”住まいリフォーム科”を卒業しました。 寒い冬から春らし...

 

 

 

2.夫 エス氏

 

 

 

夫は、私より4歳年上のサラリーマン。

出会いは、二人の共通の趣味である音楽です。

 

同じジャンル(レゲエ)が好きで、しかも好みの曲も似ていて初めてあった日にも、全然初めての感じがせず。

 

(10年近く前、名古屋城に旅行に行ったときの写真)

 

 

表現が難しいのですが、付き合いはじめるまでにもうすでに家族のような感覚の、不思議な空気の人でした。

 

彼氏と彼女ではあって、
でも”恋人”ではないような。

 

友達でもあり、戦友でもあり、兄弟でもあり、彼氏でもある。

 

それをぜんぶひっくるめて夫で、血はまったく繋がっていないけれど、夫婦以上の家族である。

 

ありとあらゆる、すべての役割をしてくれるような、絶対的な安心感のある人間。

 

それがエス氏です。

 

しかし、もんのすごく単純なケンカは頻発します。

 

 

 

3.愛犬 キー子のこと

 

キー子は、2015年8月末産まれの雑種(女の子)です。

 

キー子との出会いは、キー子が生後3か月の時。

 

もともと生後すぐの捨て犬で、保護団体さんに拾われて保護されました。

 

そのとき実は、キー子は生まれたての状態でカラスに体中を食べられ、内臓と右目には、ウジ虫が湧いていたそう。

 

(キー子、生後すぐの保護時)

 

このときひどい貧血を起こし、輸血が必要な状態で瀕死だったので、保護団体の方はもうダメかも、、と思っていたそうですが、団体の方と獣医さんが諦めずに処置してくださり一命を取り留めました。

 

そのころ、私たち夫婦は

 

”我が家にわんちゃんを迎え入れたいなぁ。

家族になるのなら保護犬に家族になってもらいたいなぁ。”

 

と、ぼんやり思っていたころで。

 

ちょうどご縁があった保護団体の方のところへ見学に行かせてもらえることが決まり、そのときに出会ったのが、キー子です。

 

何匹か子犬かいた中でなぜか、私たち夫婦満場一致で意見がピッタリ合いました。

 

”絶対に、キー子ちゃんがいい”

 

キー子は、右目は失ってしまっていたけれど、他の子犬に混ざってコロコロ転がりながらニコニコと一生懸命走っていました。

 

たまに、

 

「他に元気な子犬はいっぱいおったのに、

右目が見えなくて、内臓もケガしていて、それでいてどうして

キー子ちゃんがいいと思ったん?」

 

と聞かれることがありますが、とにかく、可愛かったんです(^^)

 

親バカですね(笑)

 

 

(キー子 生後半年)

 

 

そんなキー子は、元気すぎるくらい元気で、よく食べよく遊び良く寝て、

何の問題もなく毎日走り回っています。

 

 

ときどき登場する我が家の一員、キー子。

よろしくお願いします。

 

 

 

 

 

4.我が家の趣味

 

 

以上の2名+1匹で構成される我が家ですが、私たちの趣味は、キャンプ!

 

夫婦二人の時は旅行や泊まりで遊びに行っていましたが、キー子と一緒にお泊りとなると場所が限られてきます。

 

そこで、キー子もおもいっきり一緒に楽しめるようにとテントも買って始めたキャンプですが、これが本当に楽しい!!

 

 

とにかく、自然の中でのささやかな暮らしに、魅了されっぱなしです。

 

まだまだ初心者ではありますが、どんどん攻めていきたいと思っている3人組です。

 

オススメ情報などありましたら、ぜひ教えていただけたら嬉しいです。

 

5.しぜんなくらしとの出会い

 

”自然派”

 

という言葉を最近よく耳にしますが、私はどちらかというと”自然派”ではありません。

 

しいて言えば、”しぜんに自由に暮らしたい派!”かな。

 

私は、とにかく自由が好き。

ゆったりとした空間が好き。

 

なので、

 

”~はダメ”
”~は体に悪い”

 

という考えが、窮屈に感じてしまうのです。

 

 

かといって、”自然派”という言葉を否定する気持ちは全く無くて。

 

”体調や環境に意識を向けた、個々それぞれの考え方なんだろうなぁ。”

と、思っています。

 

 

私が以前勤務していた歯科医院は ”自然派”の代表のような歯医者でした。

 

 

その歯医者のおかげで私は、それまで知らなかった世界をたくさん知ることができました。

 

環境問題、放射能のこと。
砂糖や食品添加物、農薬のこと。

 

それまで私が暮らしていた人生の、ほとんどを見直さなくてはいけないくらいの、キッチリと徹底された考え方。

 

そういった方針で医院全体が動いているので、そこで働く私たち歯科衛生士は、患者さんにも

 

”砂糖は絶対ダメです”

”絶対に、無農薬野菜を!!”

 

そんな話をしなければなりません。

もちろん、私の生活もそういった生活になります。

いつだって、患者さんのお手本のような歯科衛生士でいるために。

 

 

その医院は
本っ当に、患者さん想いの愛に溢れた歯医者でした。

 

だからこそ、体に悪いと思うものを患者さんに摂取してほしくない。
健康でいてほしい。

 

それゆえの、指導だったのでしょう。

 

ただ私の中ではやっぱり、どうしても窮屈な部分があって。

 

 

”心も体も もう、無理!!

別にちょっとくらい添加物入っててもいいと思う!!”

 

”そんなに厳しく生活を縛られたくない!

もっと、自由に生きたい!!!”

 

 

そう強く思ったとき、思い切って、その歯医者を退職。

 

その窮屈だった経験が、このサイトにつながりました。

 

 

自分が、とにかく心地いいと思うもの。

食べると、心も体も喜んで元気が湧くもの。

居るだけで、ふんわり心が軽くなる場所。

固まった心に、風を流してくれる空間。

一生大切に使いたいと思える、想いの詰まった道具。

これはお得!と思える素敵な情報。

 

 

そんなものを求めて暮らし始めると、そんな存在のものに囲まれるようになりました。

 

 

このサイトは以前の私のように、少し疲れたり、ひと息つきたいな、と思ったときに
遊びにきてもらえたり、

気楽に生きたいな、と思ったときに覗いてもらえたり、

家事を手抜きするための便利グッズを見にきてもらえたり、

なんでもないときに、ふらりときてもらえたり。

 

記事を読んでもらって、何かを持って帰っていただけるような存在として使っていただけたらなぁと思っています。

 

私が本当に心から紹介したいものや場所を、偽りなく綴っています。

正直に感じたことだけを魂こめて、記事にしています。

 

ここにきてくださったあなたが

今日も一日、あなたらしく、しぜんなこころで、くらせますように。

 

読んでくださって、ありがとうございました!

 

お時間に余裕がありましたら、引き続き、トップページから遊んでいってくださいね。

 

 

管理人 KIRA